カナダのアカデミー賞たるジニー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞など8部門を受賞し、米国アカデミー賞の最優秀外国語映画賞にノミネートされた本作は、主人公の死から始まる驚くべき物語である。
初老の中東系カナダ人女性ナワル・マルワンは、ずっと世間に背を向けるようにして生き、実の子である双子の姉弟ジャンヌとシモンにも心を開くことがなかった。そんなどこか普通とは違う母親は、謎めいた遺言と二通の手紙を残してこの世を去った。その二通の手紙は、ジャンヌとシモンが存在すら知らされていなかった兄と父親に宛てられていた。遺言に導かれ、初めて母の祖国の地を踏んだ姉弟は、母の数奇な人生と家族の宿命を探り当てていくのだった......。
レディオヘッドの楽曲「You and Whose Army」とともに幕を開けるナワル・マルワンという母親の物語は、舞台劇が原作とは思えぬダイナミックな映像と、このうえなく緻密に練り上げられたミステリー仕立ての構成によって語られていく。民族や宗派間の抗争、社会と人間の不寛容がもたらす血塗られた歴史を背景に、その理不尽な暴力の渦中にのみ込まれていったヒロインの魂の旅。その痛切にして苛烈を極めた物語は、さながらギリシャ悲劇にも比肩しうる衝撃性と深みを宿し、あらゆる観客が言葉を失い、胸を裂かれるほどの圧倒的なインパクトがみなぎっている。
登場人物が秘密を解いていくミステリー調の映画は数あれど、これほどまでに恐ろしい真実が最後に待ち受ける物語は滅多にない。しかもその真実は、はてしない憎悪と暴力の連鎖を断ちきろうとした主人公ナワルのかけがえのない祈りをはらみ、観る者の心を震わせずにおかないのだ。いくら傷つけられ、魂を焼き尽くされようとも、美しき我が子たちへの"約束"を果たそうとした、ひとりの母親の崇高なる愛の軌跡がここにある----。