1940年代半ば、長い服役生活を終えたアル・カポネは、フロリダ州の大邸宅で家族や友人たちに囲まれ、静かな隠遁生活を送っていた。かつて“暗黒街の顔役”と恐れられたカリスマ性はすでに失われ、梅毒の影響による認知症を患っている。一方、そんなカポネを今も危険視するFBIのクロフォード捜査官は、彼が仮病を使っていると疑い、隠し財産1000万ドルのありかを探るために執拗な監視活動を行っていた。やがて病状が悪化したカポネは現実と悪夢の狭間で奇行を繰り返し、FBIや担当医師を困惑させ、愛妻のメエも彼の真意をつかめない。はたしてカポネは、本当に身も心も壊れてしまったのか。それともーー。史上最も有名なギャングスターのパブリックイメージを根底から覆す、驚愕の実録ドラマがここに完成した!
病魔に蝕まれていくカポネを生々しく演じきったのは、これまでも役柄ごとにファンの予想を超えた役作りで自在に風貌を変えてきたトム・ハーディ。本作でも連日4時間のメイクアップを施して最晩年のカポネに変身。傷を負った顔面(=スカーフェイス)をリアルに再現するとともに、死のオブセッションや狂気に駆られるカポネの不安定な内面をもただならぬ凄みをみなぎらせて体現した。監督は、映画『クロニクル』で絶賛を博したジョシュ・トランク。製作陣には『パルプ・フィクション』『イングロリアス・バスターズ』のローレンス・ベンダーが名を連ね、『マルホランド・ドライブ』『キャビン』の名手、ピーター・デミングが撮影監督として参加。そして『ハウス・ジャック・ビルト』の怪演が忘れがたいマット・ディロン、TVシリーズ「ツイン・ピークス」のクーパー捜査官役でおなじみのカイル・マクラクランといった豪華な個性派&実力派キャストが、トム・ハーディの脇を固めている。
悪名高いギャング、アル・カポネの偉業にかねてより魅せられていた脚本家で監督のジョシュ・トランクは、カポネの最晩年の年月が人々に忘れられ、彼の人生を語る物語でも触れられていないと感じていた。脱税の罪による連邦刑務所での11年の刑期を終え、1939年に出所したカポネは抜け殻となり、以前の面影はなかった。敵対する最も危険なライバル7人を死に追いやり、世間を騒がせた聖バレンタインデーの虐殺の首謀者であったカポネは、病状の進んだ梅毒が原因で初期の認知症を患っていた。
「僕たちはアル・カポネのような伝説的な人物を勝利という観点から振り返りがちだ」とトランクは言う。「すっかり変わり果てた姿で出所して、自分の帝国が影も形もなくなっていることを知るこの男のことが、僕はいつも気にかかっていた。ゆっくりとすべてを、愛する者たちの顔さえも忘れていく過程はひどく苦しいものだったにちがいない」
本作品を「アル・カポネの人生の最晩年を印象主義的に見る」映画と形容するトランクは、このギャングについて蓄えている目をみはるような自身の知識を彼の終末を情感豊かに細部まで詳細に描くためのインスピレーションとして活用した。「日付や名前で行き詰まれば、その都度調べたけれど、彼の話はほんとうによく知っていたので、ふつうおこなうようなリサーチをずいぶん省いた」と説明する。「これはあの時代と出来事の個人的な想像なんだ。チェックリストをつけて完璧に製作する伝記映画じゃない。あの時代の彼の人生に描く僕個人のテーマだよ」
製作チームにとって最大の難題の1つが、ハーディのスケジュールだった。ハーディが主演契約していた『ヴェノム』のスケジュールとぶつかっていたのだ。しかし、ハーディの体が空くまで待つだけの価値はあると考えていた。「トム・ハーディは生きている俳優で僕の一番のお気に入りなんだ。その一言に尽きる」とトランク。「そのうえ、年齢もちょうどいいし、役柄は彼の得意分野と完璧に一致しているように思えた」
『カポネ』は単に面白いという言葉では語り尽くせない奥の深い物語だと、ハーディは言う。「たくましく生きた人間に穏やかな終末が与えられている」とハーディは感想を述べる。「物語も主人公も何層にも重なって、込み入っている。ユーモアのセンスが織り込まれ、深い情感があり、複雑な主人公がいる。カポネはまず刑務所に、そして後には、自分の心に監禁される。私たちは自分が誰だか、もはや思い出せない人間に、その人間が過去に犯した罪の責任を問えるのかどうかを探っている」
肉体的、精神的な能力の衰えにも関わらず、フォンゾは今なお支配的で、手に負えない存在だ。「これはいかに上手に僕がアル・カポネの真似ができるかを見せる映画じゃない」とハーディ。「最もわくわくしたのは、いったんカメラが回りだしたら、僕には自由に選べる選択肢が用意されていたことだよ。それらの選択肢はいくらかの事実に基づいてはいるけれど必ずしも100%正確ではないんだ」
ハーディの驚くような肉体の変容は、彼と長年仕事をしているメイクアップアーティスト、オードリー・ドイルの手を借りて達成された。ドイルはハーディと仕事をしたBBCの『タブー』シリーズで英国映画テレビ芸術アカデミー賞(BAFTA)を受賞している。ドイルはメイクアップと人工装具を用いて、病気に命を蝕まれていくカポネの容姿を作りあげた。「オードリーとはプレプロダクションの始まる1年前から話し合っていた」とトランクは回想する。「加齢による変化とカポネの象徴である傷跡をまず確立するために1、2回メイクアップテストをおこなった。実在した傷跡についてはリアルに見せるだけでよかった。だが病気の症状であるあばたと加齢については段階的な進行を表現したかった」
撮影の日は、ハーディはメイクアップ用の椅子に4時間座っていなければならなかったとベンダーは語る。「どんな映画でも時間との闘いになるが、トムは変容のためにこれだけのメイクアップの過程をこなさなければならなかったから、我々は常に時間に追い立てられてギリギリでトムをセットに送り出した。けれども彼はその重荷を背負いながら常軌を逸するほど長時間働いたよ」
胴回りに厚みを増すためにハーディは肉布団をストラップで留めていた。しかしトランクは、スクリーン上で見られるすばらしい肉体の変容の大半は、ハーディ自身の優れた能力によるものだと称賛する。ハーディは体重の増減なしに、見た目を変えることができたのだ。「『ヴェノム』が終わったばかりのハーディは体調が絶好調だった」とトランク。「実際、彼はこの映画では太めに見えるけれど、とても厳しい菜食主義ダイエットで少しばかり体重を落としていた。大きく見せたいときは大きく見えるように体を使い、小さく見せたければ、それもできたんだよ」