地面から垂直に切り立った数百メートルもの高さの岩壁を、非常時の命綱となるロープや安全装置を一切使用することなく、おのれの手と足だけを頼りに登っていく。そんな最もシンプルゆえに美しく、最も危険でもある究極のクライミング・スタイル“フリーソロ”。その驚くべき魅力を、余すところなくカメラに収めたドキュメンタリー映画が誕生した。ナショナル ジオグラフィック ドキュメンタリー フィルムズ製作による映画『フリーソロ』は世界各国で大反響を巻き起こし、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどでドキュメンタリーとしては異例の爆発的ヒットを記録。さらに全世界で45の賞にノミネートされ、本年度アカデミー賞® 長編ドキュメンタリー賞受賞をはじめ、2018トロント国際映画祭観客賞、2019英国アカデミー賞を受賞(共にドキュメンタリー部門)など、 20賞受賞の快挙を成し遂げた。冒頭から目を疑うような光景が続出し、誰もが手に汗を握り、息をのまずにいられない驚異の傑作、その全貌がついに明らかになる。
『フリーソロ』が描くのは、フリーソロ・クライミング界の若きスーパースター、アレックス・オノルドの途方もなく壮大な夢への挑戦である。世界中を駆けめぐって幾多のビッグウォールを攻略してきた彼が新たなターゲットに定めたのは、カリフォルニア州のヨセミテ国立公園にそびえ立つ約975メートルの断崖絶壁エル・キャピタン。見るからに雄大にして恐ろしいこの巨岩は、東京スカイツリー(634メートル)や世界一の超高層ビルとして名高いドバイのブルジュ・ハリファ(828メートル)以上の高さを誇るうえに、頂上へ向かう途中にいくつもの難所が待ち受け、プロクライマーや登山ファンの間ではロープなしの登攀は絶対不可能と囁かれていた。はたしてアレックスは、いかにしてその難攻不落の絶壁に立ち向かうのか……。
本作は2016年から1年以上にわたり、たゆまぬ鍛錬と試行錯誤を重ねるアレックスのトレーニング風景を克明に記録。そして2017年6月3日、いよいよアレックスがエル・キャピタンでの孤独なフリーソロに身を投じていく姿を、このうえなくダイナミックなアングルで撮影することに成功した。岩壁に設置した固定カメラ、空中のドローンカメラ、そして実際にロープを装着してエル・キャピタンに登ったクルーの手持ちカメラを総動員したクライマックスの20分間は、人類史上最大の挑戦とも呼ばれる歴史的な瞬間をまざまざとスクリーンに映し出す。CGを一切使用していないその超リアルな体感型の極限映像には、あらゆる観客の目眩を誘うほどの圧倒的な臨場感に溢れている。
主人公のフリーソロイスト、アレックス・オノルドは、高所でいかなる恐怖に直面してもパニックに陥ることがない並外れた精神力と集中力、手足をかける場所が見当たらないガラスのような絶壁さえもするするとよじ登っていく繊細かつアクロバティックなクライミング・スキルを備え持つ。「いつ死ぬかわからないのは皆同じ。登ることで“生”を実感できる」と劇中で語るアレックスは、「一世一代の大きな挑戦を前にしたら、恋人よりそちらを優先させる」とも言い放つストイックな若者だが、本作は恋人のサンニ・マッカンドレスとの関係性にも肉薄。そのプライベートの仲むつまじい日常が観る者の共感を誘うとともに、恋愛がアレックスのフリーソロ挑戦に及ぼす微妙な影響をもあぶり出している。
そして本作は、2015年の山岳ドキュメンタリー『MERU/メルー』で絶賛を博したジミー・チン、エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ両監督の最新作でもある。絶壁からの滑落という失敗=“死”を意味するアレックスの命がけの挑戦を記録することは、熟練のクライマーチームで構成されたクルーに「もしや自分たちは“死”を撮ってしまうのではないか」という倫理的な葛藤をもたらした。その極度の緊張感が生々しく刻み込まれた本作は、まさしく人間の肉体と精神の限界に挑んだひとりの若者が“死ぬか、生きるか”のボーダーラインを超えていく奇跡的なドキュメンタリーなのだ。