『DUNE/デューン 砂の惑星』『ブレードランナー 2049』『メッセージ』などハリウッドで最も注目される監督のひとりとなったドゥニ・ヴィルヌーヴ。その存在を世界に知らしめた本作は2011年に公開されるや世界を驚愕させ、第83回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、カナダ版アカデミー賞であるジニー賞で作品賞・監督賞・主演女優賞など8部門独占を果たしたほか、30か国以上の映画祭で上映され高い評価を獲得した。公開から10年以上経った現在の視点から見ても、胸を痛めずにはおれない民族や宗教間の紛争、社会と人間の不寛容がもたらす血塗られた歴史を背景に、その理不尽な暴力の渦中にのみ込まれていった女性ナワル・マルワンの魂の旅。あらゆる観客が言葉を失い、胸を引き裂かれるほどの圧倒的なインパクトがみなぎっているのみならず、残された姉弟が自身の出生にも関わる秘密を紐解ていく超一級のヒューマン・ミステリー。
初老の中東系カナダ人女性ナワル・マルワンは、ずっと世間に背を向けるようにして生き、実の子である双子の姉弟ジャンヌとシモンにも心を開くことがなかった。そんなどこか普通とは違う母親は、謎めいた遺言と二通の手紙を残してこの世を去った。その二通の手紙は、ジャンヌとシモンが存在すら知らされていなかった兄と父親に宛てられていた。遺言に導かれ、初めて母の祖国の地を踏んだ姉弟は、母の数奇な人生と家族の宿命を探り当てていくのだった……。
A:初めて『地獄の黙示録』を観た時の印象と同じで、ただ驚きました。戯曲はとても小さな劇場、Le Theatre des 4 Sousで上演され、私は二列目に座っていました。というのも千秋楽のチケットをギリギリになって手に入れたので。まるで顎に強烈なパンチを受けたような衝撃で、膝を震わせながら劇場から出てきたことを覚えています。すぐに自分がこの作品を映画化するのだと確信しました。
A:「灼熱の魂」は偉大なクラシックの作曲家による楽曲のような戯曲で、非常に明確なイメージを直接想起させます。またワジディの演出には、とても貴重な美の力強い演劇的イメージがそこかしこに含まれています。それは舞台のための演出ですから、そのまま使うことはできませんでしたが、私はいつでも起源である戯曲に戻ってそこから直接映画の言語に解釈することができました。またワジディはいくつかの鍵となる助言もしてくれました。
A:私が書いた50ページほどの下書き原稿を読んだあとに、ワジディは「灼熱の魂」を私に委ねることに同意しました。彼は創造の自由付きという最良の形で作品を提供してくれました。私にただ白紙委任状を渡してくれたのです。これこそが脚色を成功させる唯一の方法だと思います。原作者は相手が自分で間違いをおかすことさえも容認しなくてはなりません。
A:場所を特定するべきかどうか、この問題は脚色作業の間じゅうずっと私を悩ませました。最終的には戯曲を踏襲して映画も想像上の場所を舞台にすることに決めました。コスタ=ガブラスの「Z」のように政治的偏見から自由であるためにも。映画は政治をテーマにはしていますが、同時に政治とは無関係でもあります。また「灼熱の魂」の舞台は歴史的な地雷源でもあるのです。
A:非常にドラマティックな素材をメロドラマにすることなく映画に置き換えるにあたって、神話的な要素は自然の光と影の中だけに留め、ありのままのリアリズムの冷静さを選びとることにしました。感情をそのものだけに終わらせることを避け、カタルシス効果を得るための方法とする必要がありました。「灼熱の魂」はまたジャンヌとシモンが母親の憎しみの根源へと至る旅でもあります。これはとても普遍的なテーマで私も深く心を動かされました。しかし脚本の中のドラマティックな要素のバランスを取るのにずいぶん長く時間がかかってしまいました。何しろひとつひとつのシークエンスがそれぞれ1本の映画の素材になりえるほどですから!
1967年10月3日 カナダ、ケベック州生まれ。ケベック大学モントリオール校で映画を学ぶ。初の長編『Un 32 Août Sur Terre』がカンヌ映画祭ある視点部門、テルライド映画祭、トロント国際映画祭などを含む35の国際映画祭で上映され、続く2作目の『渦』(00)は約40の国際映画祭で紹介されベルリン国際映画祭国際批評家協会賞ほか25の賞を受賞。長編3作目『Polytechnique』はカンヌ国際映画祭監督週間などに出品、トロント批評家連盟により最優秀カナダ作品賞に選ばれている。本作『灼熱の魂』でも世界30を超える映画祭で絶賛され、カナダのアカデミー賞であるジニー賞8部門受賞、第83回米国アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。本作の成功により、ハリウッドに進出、2013年にはジェイク・ギレンホール出演の2作品『プリズナーズ』『複製された男』を発表。その後、エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロが出演する『ボーダーライン』(15)がカンヌ国際映画祭コンペ部門に出品、エイミー・アダムス、ジェレミー・レナ―が出演した『メッセージ』(16)がヴェネチア国際映画祭でプレミア上映、東京国際映画祭で特別招待作品として先行上映が行われた。2017年にはカルト的な人気を誇るSF映画の続編『ブレードランナー 2049』を発表、米アカデミー賞で撮影賞・視覚効果賞に輝く。最新作はティモシー・シャラメ主演の『DUNE/デューン 砂の惑星』。2023年には『Dune:Part Two』が公開予定。
1968年 レバノン、ベイルート生まれ。75年に始まったレバノン内戦から逃れるため8歳のときに故国を離れる。家族との亡命生活はフランスに始まり、1983年にカナダ、ケベック州モントリオールに定住するまで続いた。91年にカナダ国立演劇学校を卒業し、テアトル・オ・パルルールを設立。俳優、劇作家、演出家として数々の作品を送り出す。1997年の「頼むから静かに死んでくれ」でカナダ総督文学賞を受賞。その他の代表作に「夢Rêves」、「火事Incendies」、「森Forêts」、「一人Seuls」、「空Ciels」など。2000年-2004年にはモントリオールのThéâtre de Quat’Sousの芸術監督を務め、02年フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。05年、モントリオールに劇団アベ・カレ・セ・カレ、パリに劇団オ・カレ・ド・レポテニューズを創立。07年、オタワのカナダ国立芸術センター・フランス語劇場の芸術監督に就任。09年アカデミー・フランセーズ演劇大賞を受賞、アヴィニオン演劇祭の提携アーティストとして「約束の地」四部作を上演。2016年4月からパリのテアトル・ナショナル・ド・ラ・コリーヌのディレクターを務めている。俳優としても活動しており自身の戯曲のほか、映画『Sous le Ciel d‘Alice』(21)ではアルバ・ロルバケルと共演している。日本では、演劇「焼け焦げるたましい」(09)、「炎 アンサンディ」(14)が上演され、著書「沿岸―頼むから静かに死んでくれ」(10)、「アニマ」(21)が出版されている。
1973年 ベルギー、ブリュッセル生まれ。父がモロッコ人、母がスペイン人のため、トリリンガル(フランス語、スペイン語、ベルベル語)として育つ。英語とアラビア語も流暢。ブリュッセルの王立音楽院で学んだ後、ベルギーの劇場でキャリアを開始。ハニ・アブ・アサド監督のゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞作『パラダイス・ナウ』(06)で注目を集める。本作『灼熱の魂』ではカナダ版アカデミー賞であるジニ―賞、ケベック版アカデミー賞のジュトラ賞、バンクーバー国際映画祭カナダ映画部門の3つの映画祭で主演女優賞に輝いている。その他の出演作に、トニー・ガトリフ監督のカンヌ国際映画祭監督賞受賞作『愛より強い旅』(04)、レイフ・ファインズ監督作『英雄の証明』(11)、『テルアビブ・オン・ファイア』(18)、『モロッコ、彼女たちの朝』(19)などがある。
1981年 カナダ、ケベック州モントリオール生まれ。6歳の時から俳優事務所に所属していた彼女は、朝食シリアルのコマーシャルでデビュー。才能ある子役俳優として知られる。その後89年-93年までテレビシリーズ「Jamais deux sans toi」「Une faim de loup」に出演、障害のある娘や活動家、麻薬ディーラーなど様々な役柄を演じ、主にテレビの世界で活躍を続ける。06年には長女の出産のため休養したが、その後もケベックを中心に活動している。
1974年 カナダ、ケベック州シェルブルック生まれ。1997年にモントリオール演劇学校卒業以来、モントリオールのトップクラスの演出家の作品に次々と出演。映画、テレビの世界でも幅広く活躍中している。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作『静かなる叫び』(09)の殺人鬼役でジュトラ賞、ジニー賞最優秀助演男優賞を受賞。本作でヴィルヌーヴ監督作への二度目の出演となる。
1950年 カナダ、ケベック州ジョンキエール生まれ。ジニー賞4冠、9回のノミネートを誇るケベックで最も偉大な俳優であり、2004年にはニューヨークタイムズ紙が選ぶベスト男優20人にも名を連ねた名優。アカデミー外国語映画賞を受賞したドゥニ・アルカン監督作『みなさん、さようなら』(03)でジニー賞主演男優賞を受賞。その他の出演作に、『アメリカ帝国の滅亡』
“多くは語るまい。『灼熱の魂』は
予備知識なく観るのが一番だ。
そして一度観たら決して
忘れ去ることはできないだろう”
“物語は曲がりくねったでこぼこ道を行くように、
多くの意外な展開を経て、
ギリシア悲劇の衝撃と力強さを持つ
エンディングへと突き進んでいく”
“今年のアカデミー賞外国語映画賞は
本作が受賞すべきだった!
物語はアガサ・クリスティー級の
ドラマティックな展開で始まり、
ソフォクレスのギリシア悲劇のように終わる”
“カメラをまっすぐに見つめる少年の瞳は
簡単に忘れ去ることはできない。
この卓越したドラマのすべても。”
“たぐいまれな映画。
ルブナ・アザバルの演技は
私の文章表現能力を超えている”
“今年のテルライド映画祭で
当初から話題になっていたのは、
「英国王のスピーチ」「ブラック・スワン」
といった注目の高い作品だが、
結局観客の注目を一番集めたのは、
映画祭が始まった時には誰も知らなかった
フランス語圏カナダの作品『灼熱の魂』であった。”