モーツァルトの家族たちの膨大な書簡が実在します。それは3年半もヨーロッパ中を一家総出で演奏旅行をするという常軌を逸した行動の資金を提供したザルツブルクの友人へ、モーツァルトの父レオポルドが送った手紙に始まります。感謝の意をこめてレオポルドは旅行の詳細を綴りました。自分の神童たちをヨーロッパ中の宮廷にお披露目するのは、尋常ではない冒険でした。私はこれらの手紙を読み、その旅行の様子を想像しました。馬車の中でさえ凍えるほど寒い冬、みすぼらしい宿、そして突然現れるヴェルサイユ宮殿、国王の謁見、嗅ぎタバコ入れなどの大人たちへのささやかな贈り物、素敵なドレス、絶えず資金不足になること、あるいは病気への恐怖、そしてもちろん次から次へと続く演奏会。
そしてナンネルのキャラクター像が浮かびました。モーツァルトには姉がいたのです!4歳年上の彼女もまた神童で、素晴らしい声楽家であり卓越したハープシコード奏者でした。舞台と共に育った子供で、3歳のときから父親から音楽を学びました。しかし彼女は女の子であり、やがてヴォルフガングが生まれました。この姉がハープシコードを弾くのを、小さい頃から驚きをもって眺めていたことが、幼い天才の才能を驚くような速さで開花させたことは疑いありません。ヴォルフガングはほどなくナンネルを凌駕し、弟と部屋を共有するには年をとりすぎてしまったナンネルは旅から離脱します。その後は、自らの人生を父親と弟の思い出に彼らの死後40年あまりも捧げました。彼女と同じように自分を犠牲にした女性たち、カミーユ・クローデルやアデル・ユゴー、その他の永遠に忘れ去られた女性たちにも思いをはせて、この映画を作ろうと思ったのです。
私は歴史書や自伝、当時の書簡に登場するような本物の18世紀の世界に没頭しました。ルイ15世の宮廷の作法や、彼の愛人たち、17歳で男やもめとなった王太子ルイ・フェルディナン。信心深い彼は父親のふしだらな生活にまつわるスキャンダルに終生悩まされました。そして私の夢想が始まります。ナンネルには、彼女の音楽の才能が花開いていく過程を見せる場面を作りたいと思いました。でもかつてヴァイオリンの演奏を女の子らしくないという理由で止められたのと同じように、父親の反対にあってしまうという筋書きを。ナンネルは森の中の忘れられたような修道院に暮らすルイーズ・ド・フランスと出会います。ルイーズはヴェルサイユ宮殿宛の手紙をナンネルに託します。そしてナンネルは男装をして王太子に会わなくてはなりません。そして王太子は彼女に作曲を依頼するのです。こうして物語が誕生しました。
通常は映画のサウンドトラック音楽をそれほど好んで使いませんが、この作品の場合は違います。音楽はまさに生きている、主要な登場人物なのです。またナンネル・モーツァルトが作曲したであろう音楽を作ることが大切でした。その音楽はヴォルフガングの曲とは違うものの、モーツァルトファミリーの雰囲気を持ち、バロック音楽でなくてはなりません。私は製作をつとめた"Sarah"(モーリス・ドゥゴーソン監督)の撮影以来30 年の友人であるガブリエル・ヤレドに相談しました。彼はプロジェクトを気に入り、マリー=ジャンヌ・セレロを紹介してくれました。彼は正しかった。女性の作曲家である必要がありました。彼女は、モーツァルトの姉の音楽という過去の音楽の作曲をしながら、現代の音楽家でもあるという大胆な挑戦を見事に成し遂げました。