母の胎内から声が聞こえる。「母さん、ぼくを生んで!」母は驚く。が、静かに答える。「母さんのおなかの中で話す子は、自分ひとりで生まれるの」母から出てきた小さな男の子は、へその緒を自分で切って言う。「ぼくの名はキリクだ」
キリクが生まれたアフリカの村は、魔女カラバの呪いに晒されていた。父をはじめ、村の男たちは魔女カラバに戦いを挑み、彼女に喰われてしまったのだ。泉は枯れ、黄金(きん)は奪われ、村は瀕死の状態にあった。キリクは知恵を使ってカラバに戦いを挑んだ叔父を助けるが、騙されたと知ったカラバは村からすべての黄金を奪い、隠し持っていた女の家を焼き払ってしまう。 |
災いはなおも続いている。「黄金はなくても生きていけるけど、水がなければ生きて行けない。愛する者がいなければ生きて行けないのに、カラバは男たちをみんなとってしまう。次々と」そして子供たちまでもがカラバにさらわれそうになる。しかし、間一髪のところでキリクによって救われる。"呪われた泉"では、制止する声をよそに涸れてしまっている水の注ぎ口に入ってゆくキリク。暗闇の中では、雷鳴をとどろかせて泉の水を吸い込んでいる、はちきれそうに巨大な怪物の姿があった。小さな注ぎ口から入って怪物を退治出来るのは小さなキリクだけだ。少し怖いけれど、知恵と勇気をもって怪物を退治する。呪われた泉からは再び水が注ぎ出した。 |
キリクは思う。「どうして、魔女カラバは意地悪なの?」村の人たちは誰も答えられない。「どうして?」母に訊ねると、"禁じられたお山"の反対側にいる"お山の賢者"だけがその質問に答えられると告げる。"お山の賢者"は、じつはキリクのお祖父さんだ。お祖父さんのところに行くためには、魔女の家のてっぺんにいる屋根鬼に見つからずに魔女の縄張りを越えてゆかなければならない。
小さなキリクは父の形見の短剣を持ち、"禁じられたお山"に向かう。魔女の家の地下にめぐらされた動物たちの巣穴を抜け、時には自ら穴を掘り、リスや小鳥たちに助けられながらなんとか山に辿り着いた。そして大アリ塚の穴の奥で、賢者がキリクを待っていた。賢者はあるがままの事実をキリクに話して聞かせる。「水を奪ったのは魔女ではない。魔女は男たちのことを食べてもいない。ただ、村人にそう思わせておいた方が恐れられる。怖がれば怖がるほどますます強くなれるからだ」「みんなに与えたいのだ、あらんかぎりの苦痛を」「どうして?」「それは自分が苦痛だからだ」「なぜ?」「毒のトゲを背中に打ち込まれたから」
カラバがトゲを抜こうとしないのは、抜く時に恐ろしい苦痛が襲うからだ。そしてそのトゲこそが、魔女に力をあたえているのだ。そうと知ったキリクはカラバのもとへ向かう。父と同じように。
小さなキリクの息の根を止めようと躍起になるカラバ。いよいよ自ら家の外に出てとどめを刺そうとしたその時、キリクはカラバの背中に飛び乗りひと思いにトゲを抜き取った。
絶叫があたり一帯に響き渡る。枯れた植物たちが息を吹き返し、森は花と緑に包まれてゆく。カラバは解放されたのだ。そしてキリクは思いもよらぬことをカラバにお願いする。
村人たちは帰らぬキリクを案じている。愛と感謝の意を伝えなかったことを悔やんでいる。しかしカラバとともに戻った青年を彼らはキリクと認めない。ただ母だけが、真実を知っている。
村人たちが愚かにもカラバを襲おうとしたそのとき、向こうから太鼓の音と男たちの声が聞こえてくる。夫が、息子が、恋人が、女たちのもとに帰って来たのだ。 |
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